白紙


     レノ から サン・フランシスコ  2010年5月25日   写真上をクリックすると拡大されます



                    ホテルの廊下の窓から見た西南方向。      ホテルの南側。


       見回している間にアムトラックのサン・フランシスコ行きの列車が通過。 乗る事も考えていたのですが、オーク・ランドからSFは
       アムトラックのバス接続。 荷物の事を考え、面倒なのでやめていました。
       この線路は中心地の路面を貫いていましたが、長い貨物列車が来ると、徐行で走りますから街中が大渋滞。

               市街地改良工事で半地下になったものです。


            左: 南方向。遠くの建物もカジノ・ホテル。     右: ホテル・サンズ
               部屋でボケッとしていてもしょうがないので(チェック・アウトは確か2時でしたが)、荷物をまとめ出てしまいました。


    きれいな建物はカジノ・ホテルと思った方が早い。              右: シアトルのバスと同じで、前に自転車を載せる事ができます。


                                       右: このサンド・バギーの様な車で、このおじさんは何をしているのでしょうか?


          縁石のペンキ塗り。 停車禁止の赤でした。                   古い教会のようです。


    1969年バスでアメリカを横断した時にレノで補給時間となり、2 時間程ですが降ろされました。
    当時は中心街でネオン・サインが眩しい程輝いたカジノ・ホテルが並んでいて、夜中にもかかわらず、賑やかだったのですが、

        今やバス利用者は収入の少ない連中か学生。 ターミナルは追い出された様です。
    時刻表を見て又ショック。 以前は全米の都市欄を見ているようだったのですが、州外はラス・ヴェガスだけ。



   ドンナー峠は1846年に西部開拓のワゴン・トレインが、この峠で季節にしては早い雪に妨げられ遭難、冬を越す間に 81人の半分程が
   亡くなった場所です。 死人の肉を食べて生き残った人もいた、という事で、アメリカ西部開拓史の悲惨な歴史の一つとして記憶されています。
   中の写真では鉄道トンネルの入り口が、右の写真では連続したスノー・シェッド(雪除け、雪崩除け)が帯状に見えています。


                       
    ここではありませんが、長いスノー・シェッドが火事になり、接続したトンネルが熱で崩落し、暫くの間不通になった幹線もあったようです。


      ゴールデン・ゲート・ブリッジが見えました。    もうすぐサン・フランシスコ。          何十本もの白い棒はヨットのマスト。

 面倒なので飛行場そばのモテルにしました。 朝起きると、周囲はモテル(ホテル)だらけ。


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